
- 昭和46年6月9日沖縄県那覇市小禄で誕生
- 高良小学校卒業・小禄中学校入学、3年生になるときに新設校ができ学区変更で金城中学校へ転校し、第一期生で卒業
- 南部工業高校入学するが、1年で中退
- 飲食業などでアルバイトを重ねる
- 19歳の時に、那覇空港の手荷物をコンテナに積む仕事に就く
- 5年間の契約が切れて退社、失業保険をもらいながらモノ作りがしたいと就職活動をする
- 職業安定所で琉球ガラス村の求人票を見つけ、応募・面接・入社
- 時期をほぼ同じにした職安からの求人採用のメンバーは全員短期間で退社
- ガラス職人になっていなかったら…琉球漆器職人かな

5年間勤めた那覇空港の旅客部の仕事が契約満了となり、次の仕事を探すことになりました。前々から「モノ作り」をしたいと思っていた宮城さんは、ここぞとばかりに、職人の仕事を探しました。幸い失業保険を6ヶ月間もらえるので、じっくり探すことができたようです。
職業安定所に通って就職活動をして、最初に面接したのは、棚や簡単な家具などを作る小さな木工所でした。そこから見事に合格の知らせがきましたが、ちょっとやりたいこととは違うかな…と即答せずに考える時間を数日もらったそうです。そして、その数日間に出会ったのが、琉球ガラス村の職人募集の求人票だったのでした。ガラス職人の世界は全く知識がなかったけれども、興味があったので、面接をして…すぐに採用が決まりました。 若造は人生にタイミングってあるな~と思いながら、「危なく、いい人材を木工所に取られるところでしたね!」とツッコミを入れると「実は、その後に琉球漆器職人に応募しようと思っていたんですよ。でもガラス村の面接が5分で終わって、採用するって言われたので、こっちも即答でお願いしますって言っちゃったんですよ。」と宮城さん笑いながら答えてくれました。やっぱり人生にタイミングはあると再確認した若造でした…。

ほぼ同じ時期に職安から紹介を受けて、採用されたメンバーはみんな辞めてしまいました。長く続いた人でも1~2年以内に、早い人は1ヶ月ももたずにみんな辞めちゃいました。「続けるのはタイミングだけではなく、本人のがんばりが重要ですよね」という若造の言葉に、「自分も真夏の採用だったら、どうなっていたかな…。10月から仕事をしたので、がんばれたのかも…。」とやっぱりタイミングなんだと思わせる発言。でもその言葉の裏には、11回目の夏を迎える宮城さんの経験の余裕が感じられました。

25歳の時に始めて琉球ガラス村で働いて、まず感じたことは、「ここは工房じゃない…」ということだったと宮城さん。「のんびりと作品づくりをする工房だと思っていたんですが、ここは忙しく商品を作り続ける工場なんだなと思いました」と話を続ける宮城さんに、「さすがに5分間の面接じゃわからなかったのでしょうか…。でも面接の時に作業している職人さんたちの姿を見ていたんですよね?」と質問をする若造に、「もちろん見ていましたけど、意識しないでぼーっと見ていただけだったんですね。」と優しそうな笑顔で話してくれる宮城さん。
「意識して見るという大切さを、その後に嫌と言うほど感じています」と思い出したように話を始める宮城さん。「助手は吹き手の動きをどれだけ意識して見られるかということが、技術を習得するために重要なんです。自分の作業を進めるために、相手の作業やタイミングをただ見ているだけ。どんな手法や手さばきでやってるかということまでは、なかなか見ることができないんです。せっかく目の前にお手本があるのに…。自分でするならどうするっていう意識でしっかり見ることができると成長がはやいんですが、自分も吹き手になってやっとわかったことではあるのですが…」宮城さんは、後輩達へのメッセージのように話してくれました。

「でもわかっているつもりだけど、できないことってあるんです。現在吹き手の自分が、班長の仕上げの内容をしっかり意識して見ているかというと、けっしてそうとは言えないですからね。」そして自分自身へのメッセージのように締めくくってくれました。

なるほど~「意識して見ることが大切…」とメモをとる若造に宮城さんから「意識して見ないようにしているんです」という反対の発言。冗談を言っているのかと思い、宮城さんの顔を見上げると、真面目そのものだ…。そのままビックリ顔で見つづける若造に、答えを明かすように宮城さんが話してくれました。「よく先輩達に、他の人の作品を見て来いって言われるけど好きじゃないんですよ…意識して見ないようにしています。今後の作品づくりに役立つというのはわかるんですけど、参考にするというは、どっかに真似するってことのような気がするんです。どっかが似ているということが自分の心の中で許せないので、なるべく見ないようにしているんです。」とオリジナル作品について宮城さんは語ってくれました。

常に他の人がやっていないことを自分の発想で考えていきたい。難しいから逆にやりがいあるという若き琉球ガラス職人の力強い決意を聞かせてもらいました。今回撮影させてもらったオリジナル酒器セットの「色玉グラス」も自分の中でイメージをふくらませて作品にしたそうです。

これまで一度も辞めたいと思ったことがないという宮城さんの夢は、一流の職人になること。一流の職人とは、一流の作品を作れるということだけでなく(もちろんオリジナル作品も)、部下の育成や製品管理もきちんとこなせるということが宮城さんの考えです。個人で工房を開き、自分自身の作品づくりだけに励むというのではなく、組織で動く琉球ガラス村のチームワークの発想が根本にあるようです。
1年ほど前から、趣味に盆栽を始めた宮城さん。「趣味と言ってもいいのかな」と悩む理由は、やっていることはまだ盆栽を自分で鉢に植えるための素材づくりだけだからということでした。素材の成長を待って盆栽作りをするという、短くても5~6年、長いと10~20年かかるという気が長~い趣味です。自分で想像した盆栽の完成イメージを作るために、素材を買ってくるのではなく、自分で時間をかけて作るという宮城さんの趣味にせっかちな若造は感服です。一流の職人になっている自分の姿をイメージして、日々自分自身を磨いている宮城さんにも若造は感服です。

聞き手:和家若造





















