職人紹介

平良恒雄

沖縄県工芸士 / 平成13年 認定番号20
平成23年度 沖縄県優秀技能者 知事表彰

三線作り

海岸で平良少年は、ヤシの実を拾います。沖縄方言でチーガと言われる胴の部分は、ヤシの実をくり抜いて作るそうです。それに障子紙を貼ってバナナの皮の樹脂を塗るという工程を何度も繰り返して仕上げていくそうです。手製の竿を取り付けてテグスの弦を張る、その三線は素人のしかも小学生が作ったとは思えないほどのいい音色だったようです。平良さん自身も自分で弾けるようになって、更に製作意欲が湧いて、結局小学生時代に4つの三線を作ったとのことですから、当時から根っからの職人だったってことですよね。

掃除をしない

工房に入って3年間は下働き。現在とは違って本当にその3年間はガラスを触ることがなかったようです。来る日も来る日も先輩の吹き竿を赤レンガで磨いて、型押しをして、先輩職人に怒鳴られて、下駄で蹴っ飛ばされて、リンを磨くという毎日だったようです。今と違って、休み時間の練習なども許されていなかった時代でした。「材料が貴重な時代だったからね。道に空き瓶が落ちていたらみんな喜んで拾ってきたよ。竿に残ったり、落ちたガラスも分別してリサイクルしていたよ。全てを再利用するから床にはゴミは全く落ちてなかったくらい、だから掃除なんかしたことなかったね。」と当時を振り返って語ってくれました。

板ガラス

例えば、それまで琉球ガラスではなかった『赤色』の調合を成功させて、『ガラスの花』を作りました。花が売れれば花瓶も売れると、復帰後落ち込んでいた琉球ガラス業界がまた伸び始めます。また円高ドル安が進み、それまでのように米軍関係者が沢山買い物ができなくなって、日本本土からの観光客をターゲットにし始めた時にも『ガラス工房を見せる観光資源』とし、観光タクシーや観光バスのコースにしたのも大江社長です。琉球ガラス製作所で仕事をすることになった平良さんは、大江社長と一緒に板ガラスの製造開発を行ってきました。「始めて作るものだから、失敗の連続でね。今と違って徐冷窯の温度設定もきちんとできていない時代だったから、どうしても冷ましている途中で割れちゃうんだ。大江さんと“吊るして冷ます”というアイディアが出た時は、前祝いだと宜野湾からハレーしていた糸満までタクシー飛ばして飲みに来たくらいうれしかったね。」と当時のご苦労を話してくれました。

お客さんの目

そんな忙しい平良さんが大切にしているのは、お客さんの目。「琉球ガラスを作っているところを初めてみた時の自分自身の感動を観光客や地元客にも味わってもらいたいからね。出来る限り、お客さんの目を意識しながらガラスを作っているよ。お客様が感動してくれるっていうことは、職人にとってもちろんプラスで、いい刺激になるんだよ。」と話してくれました。「それからグラス作り体験は、元気をもらえるね。体験するお客さんは慣れないということもあるし、熱いガラスを使うので、皆さんかなり緊張しているよね。だから終わった後の安堵感と達成感で、とってもいい笑顔をするんだよ。喜ぶ顔を見ると元気をもらえるね。」と平良さんの若さの秘密(?)を教えてもらいました。

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